Works of 2020

初個展“zoe”

First solo exhibition"zoe"

Designed by Ayaka Endo

地下1

1st underground floor

会場は地下1階から4階へと続く。

ジョン・ハンターは魔術と医療が混同していた18世紀、医療を確立したため「近代医療の父」と呼ばれた。

彼は人工授精を世界で初めて成功させた人物である。

私自身、人工授精で生まれた身であり、彼がいなければ現在、この形で存在していなかったかもしれない。

そう考えると、彼のことを一種の父と呼べるのではないだろうか。

2019年9月13日、私はイギリスのグラスゴーにある、ハンタリアン博物館を訪れた。

ここにはハンターの収集した標本たち──ヒトを含む、動物の進化を体系づけたり、進化から逸れて発生した奇形動物の──コレクションが展示されていた。

​この部屋は、ハンタリアン博物館の許諾を得て再現した館内の展示物と、ハンター本人、彼の見ることのなかったクローン羊ドリーで構成した。​(キャプションより)

ジョン・ハンター

1728年生まれ。「近代医療の父」とも呼ばれる外科医。

世界初の人工授精を成功させた。不妊だった布屋の夫婦

の精子を温めて、それを妻に注入するよう勧めたのだという。(キャプションより)​

レスター・スクウェアという通りにあったハンターの家には、膨大な数の剥製を収蔵するためにわざわざ引っ越したのだという。(キャプションより)

レスター・スクウェアの家を建てる際、細かくこだわった設計図を描いているハンターの様子。

地下1階の会場は主にハンタリアン博物館の展示物を元に作品に起こしているが、あくまで私の取材に基づいて解釈した博物館として、訪れた際の旅行記、博物館にはいなかったハンター自身も収蔵した。

古代魚の化石。

ハンターはダーウィンが進化論を提唱する100年も前に生まれていたにもかかわらず、すでに進化というものの存在に気付いていた。大量の標本を収集したり解剖することで種の発生を体系付け、医療に活かした。

旅行記。ハンタリアン博物館の入り口や展示風景など。

始祖鳥の化石。

ハンタリアン博物館の展示物はすべてガラスケースに入っており、触ってみたかったが、当然触ることはできなかった。撮影した写真を布に印刷し、その上から糸を縫い付けることで、ハンターが縫ったり解剖したり、触れていた感触を追った。

奇形動物の剥製。向かって左から、足が6本あるシカ、2本足で立つ子ジカ、6本足で顔が​変形しているブタ。

進化から外れ、突然変異で生まれる奇形動物にハンターはひときわ興味を持ち、もしかするとそこには永遠の命の秘密が隠されているのではないかと考えていたのだという。ハンターは「ジキルとハイド」のモデルにもなっている。極めて優秀な医師としての顔と、裏では解剖や標本作りのために墓を暴いたり、見世物小屋の身長2メートルの巨人症の男を標本としてコレクションしたいがために、彼が生きているうちから目をつけストーキングしたり、いつ死ぬのか見張りを付けたりと当時の倫理観からしても恐ろしい面があった。レスター・スクウェアの家はそれを象徴するように、通りに面し日差しの差す正面玄関と、真夜中にどこからともなく運ばれてくる死体の搬入に使われた裏口があった。

上:双頭のシカ

左下:体が二つあるシカ

​下:ジョン・ハンターのデスマスクの模刻

ヒトの脳の容積が進化により大きくなっていく様子。長い年月をかけ人類が進化していっても、死んだらどうなるのかは未だ謎に包まれている。

前作「1996」よりクローン羊のドリーとその子供が走り回っている様子。ハンタリアン博物館には双頭で脚が6本ある奇形のヒツジが展示されていた。もし1793年に亡くなっているハンターが、ドリーのようなクローン生物の存在を知ることができていたら、どれだけ興奮したことだろう。今回の個展のためイギリスへ向かう直前、私の祖父が亡くなった。癌だった。初めて人が死ぬ瞬間を見た。身体から祖父がいなくなってしまったのが目に見えた。例えば、もし祖父のクローンを作れたとして、私たちがその子を育てたとする。祖父の記憶を全て移植できたとする。その子は祖父であると言えるのだろうか?人間の細胞は7年周期で全て入れ替わるというが、私は7年前の自分​と今の自分が全く違うとは思えない。7年以上前の記憶も、たくさん残っているからだ。そうなると、記憶が永遠に続くということが、永遠に生きていると言える第1条件なのだろう。(ステートメントより)

 

地上4

​4th Floor

ハンターの生きていた時代での病気への対処法といえば、瀉血と言って、身体の具合の悪い箇所から血を吹き出させる治療法だった。魔術と医療が混同されかかっていた時代だ。体内に巣食った霊的なものが血液とともに排出されると考えられた。

勿論、瀉血では病気が治るどころか悪化するばかりだった。自然治癒力を重視していたハンターは、これをやめるよう訴えていたが、それでも、血を派手に吹き出させれば吹き出させるほど、「治った」と安心する患者は多かったのだという。

なんでもない抗生剤を絶対効く薬だと信じ込ませてがん患者が治る事例もあるのだから、効果がなかったとは言えない。しかし瀉血が原因で体力が落ち、細菌が入って死亡するケースも多かった。モーツァルトもこれによって命を落としている。最近という概念のなかったこの時代、不潔な医療器具にはバイ菌がうようよと繁殖していた。

​瀉血は、床屋で行われていた。1162年、ローマ法王が瀉血を禁止すると、床屋が髪を切るついでにこれを引き継いだのだという。キリスト教が禁止した瀉血だったが、民間信仰の中で生き続けた。

床屋の軒先に置いてある、くるくると回転する3色のサインポール。これはDNAのようにも見えるが、古来から動脈・静脈、そして包帯を、赤青白で現していると言われる。ポールの形は血の流れを良くするために、瀉血の際に患者に握らせた棒を表している。今では途絶えた床屋での瀉血という治療法が、看板という形でのみ生き続けている。

この回転は、血やDNAがどこまでも回転し続けることで、永遠の生命を象徴しているようにも見える。しかしサインポールの仕組みとして、この永続性は目の錯覚だ。

ハンターはある時点で永遠の生命を追い求めることを諦めたという。私は彼に永遠に生きていてほしかったし、何より彼に会ってみたかった。彼が死んでからもう、227年経ってしまった。そろそろ永遠に生きるという選択肢が現れてもいいのに、と思っている。(ステートメントより)

螺旋を描き、DNAのようにも見える床屋のサインポール。赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表している。

17世紀フランスの版画家Nicolas Guerard​ によるLes Remedes a tous maux:Le Tout par Precaution(すべての病気の救済策:すべて予防法としての)

という版画作品をもとに制作したゾートロープ。​身分の高い女性が3人の医師に瀉血されている。

​たまたま通り掛かった細胞研究所で展示されていた瀉血道具一式と、ハンタリアン博物館のすぐそばにあった床屋

レスター・スクウェアにあったハンター邸正面玄関。ハンターは庭で珍しい動物を飼育し、牛が暴れたときには素手で押さえつけた。​詩人の妻が茶会を開くたび、友人たちはハンターのコレクションに驚かされたという。

ハンターの生まれた当時、子どもが成人するまでの死亡率は高かった。

彼は幼少期はきょうだい、後に結婚して産まれた子どもも幼いうちに亡くしている。

恐らく彼らを救いたかったという気持ちからも、永遠の命を得ることはハンターにとって1つの目標であった。

ハンターは、奇形の動物が突然発生する理由は解き明かすことができないため、そこに永遠の命の秘密が隠されているのではないか、と考えた。

当時、新しい大陸の発見とともに、キリンなど新種の生物が大量に見つかった。

ハンターにとって初めて見る、首の異様に長い動物は奇形動物と同じく解き明かしたい対象として映ったに違いない。

自宅の庭でそれらの珍しい動物を飼育し、部屋の中には自作した大量の剥製を収集する中で、ハンターは現代では近代医療の父と呼ばれるようになった。(ステートメントより)

ハンター邸2階にあったという剥製コレクション。ハンター邸の立派な庭のある正面玄関と、解剖のため入手した死体搬入口として裏口の対称性は有名な話であった。

ハンターは1793年に狭心症で亡くなった。

遺体は遺言に従って弟子により解剖が行われた。

不死派について

最終更新日:2020年7月30日

photography:梅沢和木,はむぞう,平林岳志,松下哲也

​※展示会場に貼り出したステートメントとともに、新たに考えた内容を書き加えている。

今回の個展でも連続回転絵(ゾートロープ)を用いた。

ゾートロープの“zoe”はzoo(動物園)やzodiac(獣帯、黄道)の語源にもなっている。

ゾーエーという読み方では、アーレントの提唱した「動物的な生」という定義もある。

また、ゾーイー、ゾーという読みでは「生命」「生きるもの」という願いを込められた英語圏で主に女性につける名としても広く使われているそうだ。

ゾートロープとは、ギリシア語のzoe(生命)- trope(回転)を組み合わせた言葉である。「生命の輪」や「生きている輪」という意味を持ち、永遠の生命のようなニュアンスにも感じられる。最初は生々しい絵画的質感を残したまま映像を作りたいという欲望からだったが、私が永遠に生きたいということを代弁してくれる手法となった。

ハンターが手に入れることのできなかった永遠の生命の秘密は、私たちの生きている間に発見されることはあるのだろうか?

医療の発達で、ヒトの平均寿命はもうすぐ120歳に延びると言われている。延びた寿命のなかで、どんな人間にも必ず死が訪れるという理が壊れてくれればいいなと思うし、私もそのために出来ることをしたいと思う。もし永遠に生きるという選択肢が発生したとき、それを迷わず選択する、と本気で言い切る人間は意外と少ない。なんとか協力し、人間の意識を永遠に続かせることはできないだろうか。まずは永遠の生命の手がかりを研究者に尋ねたり、色々な人の不死観を共有し、仕事で成功したら、ゆくゆくは研究者に投資したいとも考えている。この個展を契機に、数少ない不死を願う友人とともに、不死を探求、情報交換、議論するこの派閥を「不死派」と名付けた。

これは不死派の活動とは少し別になってくるかもしれないが、身体があることが非常に不便だと感じることが多い。

というのは、身長が低くて高いところにある本が取れないとか、睡眠したり飯を食べなくてはいけなかったりというのも煩わしいが、身長が低く弱そうであると思われる外見をしていると特に、簡単に殺されるのではないかという不安を抱えて生活をしなければならない。

夜新宿を歩いていただけで誘拐されそうになったこともあるし、友達になれるはずだった知り合いに発情され被害を受けたこともある。その度にメタモルフォーゼできたら、あるいは身体をなくすことができたらいいのにと思う。神は人間のデザインを間違えた。永遠に生きることがもし可能になったら、身体という容れ物を自由に取り替えたい。それはまだ難しいので、好きな服の上に着るための、直接触ることのできない、殺すことのできない透明な防護服がほしい。

死にたくないからという理由で家の外に出づらいのは嫌だ。

​2020年7月30日 青木美紅

青木美紅初個展 "zoe"  記録

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©Miku AOKI 

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